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音楽の秋を振り返る〜全日コンクール びわこホールで行われた全日コンクール第一日を聴きに行った。実は、その日、息子たちの学校は 学校開放日とかで、学習を一日していた。迷ったのだが、連れて行くことにした。電車の中でよ〜く言 い聞かせる。「学校休んで行くんやから、しっかり聞いて勉強してください。いつもみたいに寝てちゃダ メなのよ〜。」これが彼らには非常なプレッシャーになったようだ。大学Aグループこそ親子室に入っ ていたものの、他はばっちり聞いていた。演奏が終わるたびに「星いくつ。」とにわか審査員に。 一日目、松下耕先生のところの合唱団が、抜け出ている印象を持った。音楽の構成や演奏時の 集中力など、非の打ち所がない演奏だったと感じた。また、何度も練習やコンサートに足を運んだES Tさんには特別の思い入れがある。(お友達のつもり・・・私だけ?笑)高い響きに磨きがかかって、し かしどこかへいってしまうのではなく、言葉や音楽の勢いが手に取るようにわかる演奏。「すずめ」は 子どもたちもお気に入り。客席の反応も非常によく、拍手も盛大。例えば、繊細なハーモニーをどん なにうまく作っても、歌に込められたメッセージを客席に伝えられなければ、いい演奏とは言えないと 私は思う。言葉として、音楽のうねりとして生き生きと演奏することができるかどうか、そこが評価さ れるべきだと思う。全体講評でその点に話が及んだ時点で、ESTが金賞に入るだろうことは予想で きた。 レベルの高い演奏を聴くと、あふみでもがんばるぞという気持ちが強くなる。早く練習をしたいと思 う。 |
今年は10月末から早々に風邪をひいてしまった。声をからせてしまう寸前で持ち直したものの、未 だに完治しないというしつこい風邪。たちが悪い。 さて、生業の方が一段落してきたので、「音楽の秋」の総括をしばらく書くことにします。この秋、何 人かの方から、「あふみ日記」を読んでいるという話を聞きました。すみません風邪と忙しさにかまけ てなかなか更新せず、ついに昨日、管理人からの「あふみ日記は〜?」とドスのきいた声(ベース)が。 毎年ながら、私にとっての秋は「音楽の秋」。子どもたちのピアノの発表会に始まって、コンクールや EST見学、音楽会にあふみの練習、長浜市民コーラスの演奏会、他団の演奏会と、音楽的行事目 白押し。そこに組合の行事が入って、土日は時間刻みの(分刻みまではいきませんが)スケジュール。 何という充実ぶり!おかげで家の中はほこりだらけ。総括よりそうじが先と聞こえてきそう・・・。 |
新メンバーは、「のんきー」と「マエストロ」の2人である。のんきーは私と同年。このネーミングは、 「のんき」の意味もあるのだとか。マエストロには、ずーっと以前、さる場所で指導を受けた。一緒に 歌える日が来るとは思ってもいなかった。クリスマスコンサートにはまた新しい歌声を披露できるだろ う。 クリスマスコンサートの曲も決まり、チラシ・チケット制作に入る予定。12月21日クリニックでのクリ スマスコンサートの打ち合わせに行く。奥様の合唱経歴を聞いてびっくり、ちとプレッシャー。 今日の練習ではCrucifixusを歌わなかった。この曲は、去年、ピーター・フィリップス氏の公開レッス ンを受けたときの、タリススコラース゜のアンコール曲。先日の宝塚のときには、ESTさんが演奏され ていた。ベースから順番に登場するのだが、音色を完全にそろえる必要がある。ルネサンスよりかな り複雑で深い和音。 この曲を聴くと、いつも私は、一輪の薔薇を想像する。 「パラ」ではない。深く沈んだ紅の、ビロードのような 滑らかな花弁には、「薔薇」という字がふさわしい。一 枚一枚がゆっくりと息づきながら開いてゆく。孤高で、凛 として、しかし、花開く畏れに震えている。その光景が、 ありありと浮かぶ。歌詞ではなく、音楽そのものからの 情景。 私の中でこの深紅の薔薇がひらくとき、Lottiの音楽が完成すると感じる。
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前回少し書いたまた飲んだくれた理由。おそらくあふみのほとん どのメンバーが、予感していたとはいえこうまで早くやってくるとは思っていなかったその日のためで ある。 藤ちゃんが、退団する。 ベースの重鎮、音楽的な経験も豊かで、我々にとって「おとーさん」のような存在。ワイン通で飲み 会が好きで、おちゃめ。私たちは頼りにし、いっしょに歌えることか゜楽しかった。結成当初から、コン サートに足を運んでくれた。コメントももらった。N駅でCちゃんに声をかけて女声の間では大騒ぎに なった。クリスマスコンサートでお客さんとして歌ってくれたのがきっかけで、一緒に歌えるようになっ た。藤ちゃんのあふみ最初のステージが、入団1ヶ月にしてKOVOXでの「鳥の歌」。新幹線に乗っ ていて、急に「きしめんが食べたい。」と思い立って途中下車するという人である。 今年、念願の宝塚ベガホールに立った。こんないい年はなかった。 単身赴任の藤ちゃんは、いつか家に帰る人とはいえ、あまりに急。翌日は練習があり、新メンバー 二人が来る日だった。飲むと高音が下がるのだが、飲んだくれずにいられるものか。明け方まで話 し込んだ。 藤ちゃんは、帰っても、歌を続けると言う。そして、あふみのような団を主催してみたいと言う。退団 はあふみにとって大きな打撃だ。 でも、新しい合言葉が生まれた。 藤ちゃん、宝塚で、会いましょう。私たちもがんばります。
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芸術の秋たけなわでありますよ。長浜市の少年少女合唱団に、同級生の娘さんが入団されたの で、一家で聴きに行ったら、もと同僚にばったり。「ひそかに日記楽しみにしてるんですよ〜。」と。もと もっちサン以来の読者を確認。「もっと更新しなさい。」と管理人の声。当初に比べたら頻繁なんです けどね。 このところまた話題が多い。やっぱ、芸術の秋であります。なになに、飲んだくれたのも話題と言え るんかって・・・?ちゃんと言えますよ、またすぐにUPします。 13日には関西コンクールを聞きに行ってきました。知り合いの団が3つも出場されたので、ぜひ応 援をと、思ったからです。エストレラさんとメディーバルヴォイスさんとシェンヌさん。シェンヌさんの出 番は後の方だったので、つれていた子どもたちの集中力が切れ、Poohやんサンに声だけかけて帰 りました。ほんの一部の団しか聞けなかったけど、他の団の演奏を聴くのは、本当によい刺激にな ります。 エストレラさんの演奏では、パートのバランスのよさや統一感のある発声での歌い方がまとまりを感じ ました。ソプラノの柔らかい響きも大好きです。マドリガルのときは、みんなで息を合わせてアンサン ブルをするという姿勢を強く感じました。音楽も生き生きと動きがありました。同じ指揮者なしのアン サンブルという理想を目指している者にとっては、この躍動感は心地よかったです。 メディーバルさんは、いつも上品な音楽つくりをされていますが、今回もやはりしっとりじっくり聴か せていただきました。歌い回しがとてもきれいで、自然な音楽の流れの美しさをまねしたいな〜と思い ました。ブルーバードのソロの方が、またきれいな声なんだな〜これが。ソロと合唱のからみもいい感 じでした。 アゼリアホールは大きなホールですが、最後尾までよく声が通りました。いくつかの団の演奏を聴 いていて、感じたことは、「等質の楽器になる」ことの大切さです。H先生がおっしゃっていた言葉で す。ベースからソプラノまで等質の楽器になっている団の演奏は、音楽の流れやニュアンスがくっきり と際だって、聴いている方にも、音楽作りのこだわりがきちんと伝わってきます。いくらちゃんと音をと っても、等質の楽器でなければ、合唱として音楽を伝えることは難しいなと感じながら帰ってきました。 あふみには、いろいろな楽器ばかり。統一感が少ないのではと思います。我々の曲作りを客席まで メッセージとして伝えるには、今一度、「自分の歌いやすい所ではなく、等質の楽器をつくる」というこ とを見直さねばならないのではないでしょうか。 |
出て来ました、チケット。ベルホールの借用願を入れておいた封筒の中から。見つけたのは、わた しではなくて、夫でした。あああ。 宝塚後、あふみの面々は、それぞれに「もっと上を」という思いが強くなったようである。当面は、ク リスマスコンサートで上質の音楽をお聴かせするのが目標。 さて、明日は郡内の小中学校代表が集まる音楽会。今年は件のベルホールで行われる。前日準 備に行った。 ベルホールは、湖北で唯一の音楽専用ホールである。あふみでも何度か練習や録音に使わせて いただいている。ホタルをイメージした楕円形の高い天井と、落ち着いた雰囲気のステージ。スタイン ウェイのピアノ。聴いていると、直接の声がすっとまっすぐにとんできて、そのまわりをふわふわと響 きが包む。まるでスパゲティのアルデンテのような構造に感じられる。歌う方はそりゃもう気持ちよく、 でもお風呂状態ではなく響くので非常に歌いやすい。 ホールのKさんによると、すべての響きを完全に吟味し、生の音と残響とをほどよくミックスするため に、工事途中でも何度もダメ出しをしたそうなんである。壁をはがしてやり直したり、防音材を全部入 れ替えたり、天井部分のボルトにラバーのバネつきボルト(見えない部分に使われてるらしい)を使 用するよう変更したりという、実にこだわりのホールである。 各自治体財政事情の厳しい中で、ホールの運営もおそらく楽ではないはずである。最も最初に切 りつめられる可能性があると言っていいかもしれない。しかし、 「お金じゃなく、心の潤いを持って帰ってもらいたい。」 というKさんの言葉からは、職人の誇りすら感じる。すばらしいホールと、ホールを守る人の手によっ て、音楽はいっそう生き生きと人の心に伝わっていく。こんなところで歌えるのは、至福と言っていい。 看板は、吊らなかった。ホリゾントのスクリーンに映像で映し出す。とてもインパクトのあるすばらし い看板ができあがっていた。準備に来ていた音楽主任の賞賛に、Kさんは笑って答えた。 「一生の思い出に残る音楽会に。」 こちらの背筋もすうっと伸びる気がする。 |
惨敗と言っていい。 しがヴォーカルアンサンブルコンテストの結果である。 昨年のクリスマスに演奏したので、それなりの状態になってはいたとはいえ、本格的に練習を始め たのが宝塚後という所。そんな付け焼き刃では太刀打ちできないということだ。もちろん、アンコンを 甘く見ていたわけではない。他の団も、真剣に勝負に出てくるはずだし、宝塚後の練習は、妥協を許 さない厳しいものだったと自負している。 講評では、選曲のことを言われた。簡単すぎる、日本の曲を外国人が編曲したものはどうも・・・な ど。体を動かして歌うことへの疑問も。私たちが伝えたかった、言葉を表現するこだわりについて、 言及はなかった。その土俵にのるところまでいかなかったのだろう。 宝塚と、アンコンと、相反する評価。どちらも、あふみの真実の姿である。否、宝塚が幻影ではなか ったと、信じたい。 その夜、藤ちゃん夫人とJr.を加えて、初めてフルメンバーでの打ち上げをした。なづけおやちゃ んのあふみ最後の夜でもあった。わたしたちは、藤ちゃん夫人に尋ねた。 「わたしたちは、日本語をみずみずしく伝えたかった。それは、できていましたか?」 夫人はにっこりして、答えた。 「ええ、十分伝わってきましたよ。」 評価されるということは、さまざまな見方があることを知らされることでもある。 |
友達に受賞の話をしたら、「次の目標は?」と聞かれた。次のステージの予定は、10日に行われる ヴォーカルアンサンブルコンテスト。そこでは、宝塚で歌ったのとは全く別の曲を2曲、演奏する。 宝塚から帰ってから、わたしも含めて、みんなの練習に対する意気込みが違う。思いがけず評価し てただいたことは、次への励みとなっている。今、練習している曲は、どちらも日本語。歌詞を、言葉 としてどう伝えるか、そこを課題としている。丁々発止、火花が散るような練習である。曲の解釈をめ ぐって、語感の伝え方について、歌い回しについて、それぞれが思うことを話し合いながら作り上げ る、「あふみスタイル」の練習に、磨きがかかったようだ。 さて、管理人と二人、講評に出させてもらったのだが、(本当はみんな出たかったのに!)乱暴なよ うだがわたしなりに9人の先生の講評を総合すると、「鳥の歌のアンサンブルはそれなりだったが、バ ードを歌うときに技術面での力不足が目立った。」ということか。最大の課題は発声。きちんとヴォイス トレーニングを受けている者は少なく、バーバラちゃんがプロというだけ。今まで「こぢんまりまとまっ ているが・・・」という評を受けてきたが、その原因は、発声法が確実でないための、息の流し方が足 りないためだと思われる。これから長く歌うためにも、鍛えなければならないだろう。 わたし個人の目標は、ESTの、空の底が抜けたようなソプラノ。曲によって音色を変えられたら、も っとすごい。団としては、H先生のおっしゃった、「同一の楽器」になることを目指さなければ、先へは 行けないと思う。 さらに、歌詞を言葉として情感豊かに伝える歌い方。それには、口の形、微妙なイントネーションの 付け方、音楽の流れを大切に歌うことだろうか。 この仲間となら、やれそうである。 4度目の宝塚は、到達点ではなく、新しいあふみの出発点となった。 |
何という舞い上がり方(4度目の宝塚 其三) 講評のまとめに行く前に、いかに冷静にT−Dayを迎えたかご報告。 あっという間にやってきた宝塚入りの日。子どもらは実家にあずけ、手土産も万全。天気も上々。 やるべきことはやったし、のどの調子もいつになくいい。 異変は、朝、起きた。 ななな何と無いのである!持っていくはずのチケット!確かに受け取って、「折れ曲がったらいや だな〜。」と何かにはさんだのだが、どうしても思い出せない。あっちこっちをひっくり返したが出て こない。仕方なくあきらめ、電車に乗る。 代表者会議の後、大急ぎで28日の入賞団体演奏会のチケットを購入。まあ、多少財団に貢献さ せていただいたかもしれないと自分に言い聞かせる。 宿に着き、風呂に入ろうとしたら、パジャマのズボンが見あたらない!靴下もない!かばんをひっく り返したが出てこない。仕方なくあきらめ、靴下は今日はいていたのを大急ぎで洗い、ズボンがない ので浴衣で眠る。あ〜あ。 翌日入賞。次歌うことなんか全く予想してなかったので、ストッキングが見あたらない。こちらも大急ぎ で洗っておく。そして、風呂に入ろうとして袋を開けたら、出てきたんですよ。ズボンと靴下。ちゃんと 入れといたんですね。何で見つからなかったんだろう?ってくらい簡単なところに入ってた。 翌日、靴袋をのぞいたら、丸めたストッキングが入ってる!あれ?じゃあ昨日洗ったのは?・・・そ うです。ちゃんと予備を入れておいたのに、使ってない方を一生懸命洗ってたわたし。 嗚呼何という舞い上がり方! でも、チケットはまだ出てきていません。探すのしゃくなんだもん。
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ひとを結ぶうた(4度目の宝塚 其二) 「歌う」ということは、歌に込められたメッセージを伝えるということと同義なのだ、と入賞団体の演 奏を聴きながら、あらためて感じた。美しい歌を美しく、楽しい歌を楽しく・・・歌詞の語感をみずみずし く、「ことば」として伝えるということを、おろそかにしちゃダメだと。 もっとすごいことに、「うた」は言葉をも越えるということがある。 モラン女声合唱団やESTの演奏は、すばらしいなんてもんじゃなかった。その場にいられたことが、 まさに至福。しかも、その2団体が一緒に歌ったSALVE REGINAを聴きながら、ぽろぽろ涙が出 てきた。「うた」は国を越え民族を越え、ひとを結ぶ。魂の込められたメッセージは、言葉の壁なんか 簡単に突き抜けてしまうのである。 交歓会で、いろいろな方から声をかけてもらったり、一緒に歌わせてもらったり、大騒ぎしたりした。 シュガーの写真入り名刺を持っていったのだが、出すのを忘れてるくらいあっという間のひとときだっ た。その後HPにもたくさんの書き込みをしてもらい、ひとのつながりをあたたかく心地よくかみしめ ている。 でも、メッセージを伝えるために、基本的な発声は絶対に必要だと、おそらくあふみのみんなが感じ たことと思う。そのあたり、審査講評について私なりのまとめと一緒に書きたい。
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金メダルは子どもらに(4度目の宝塚 其一) まだ、心の中が熱い。4度目の宝塚では、あの、あこがれの、パイプオルガンの下にいた。「あふ み日記」とともに始まった宝塚への思い。遙か遠くにあった「出場」の二文字が、現実となった日。今 まで私たちなりにやってきたことをやるだけでいい、このステージにこの仲間と立てることを喜んで、 その思いをすべてぶつけよう。それだけで満足だった。 あふみの誰もが予想もしなかった。授賞式、密かに管理人が撮っていたVTRは、投げ出されたま ま、誰もいない椅子を映し続けた。 「金賞」・・・翌日、バーバラちゃんとしらゆきさんと私で、メダルが「チョコ」に化けてないか確かめ た。金メダルは重く、輝いていた。 帰ってから、子どもらに金メダルをかけて写真を撮った。このメダルは、練習の間二人で遊んでいた り、日曜たんびに引っ張り回されたり、それでも親二人が歌うことに文句も言わず、待っていてくれた 子どもたちのものなのである。 この熱さ、書くことでまとめたいと思う。 |
19日夜、ホンモノの佐渡裕を見に行った。彦根文化プラザで「指揮クリニック」という催しがあっ たのだ。シロウトの指揮者(と言ってもずぶではないが)が指導を受ける、というものである。同じオー ケストラの同じ曲(ブラームスのハンガリー舞曲第5番)なのに、指揮者によってこんなにも違いが出 るもんなんやなあ! 「楽譜に書いてある2次元の曲を、空間に飛んでいる音として3次元に表現するCGみたいに、自分 がどんな曲にしたいかというイメージをしっかり持つ」という指導が最終的な到達点だったと思う。 「アップなビート、ダウンなビート、平らなビート」というのも、「そうそう、そこそこ。」って感じ。どんな 曲でも同じ調子でいくわけはなくて、でも、そのあたりは微妙で人それぞれの感じ方があり、ソロでな い以上、話し合ったり歌い方を感じたりしながらすりあわせていくしかない。指揮者がいればまた別か もしれないけど。 |
学期末の学習も一段落したこともあり、子どもたちに雨乞いの太鼓を教えている。 初めて太鼓をたたいてから既に4度目となると、中には様になってくる子が出てくる。太鼓が大好き になった子どもたちは、「今日、太鼓やで」という一言に、「そおーれっ」と机をたたき出す始末である。 それだけではない。彼らが太鼓をたたくと、必ず翌日は雨が降る。それどころか、台風が来たり、 雷が鳴ったりもするんである。ばちの先に願いと魔力が宿って雨が降る、と教えたとおりに。彼らの 太鼓は、嵐を呼ぶ。 こりゃ練習の日を選ばないと、まずい。間違っても、ほかの学年の校外学習の前日なんかひんしゅ くものである。 |
【哀愁を帯びた】 フレーズの出だしで、呼気をコントロールして歌い出すことの形容。出だしの音程 がぶれにくくなる。 【あふみヴォーカルアンサンブル】 滋賀県は湖北を中心に音楽活動をするア・カペラアンサンブル グループ。音質の質量の大きいベース、声量を誇るテナー、まじめなアルト、ノリ のよすぎるソプラノ計12名で構成。ばっちりハモる喜びを求めて奮闘中。 【あぶみ】 よく間違われる呼称のひとつ。本来は馬具であり、「あふみヴオーカルアンサンブル」とは 全く別のものである。 【アヤシイ!】 歌詞があやふやだったり音程がずれていたりするのをごまかして歌うと、他パートか ら投げかけられる感嘆詞。多くの場合、苦笑を伴う。 【皮】 音程があがりきらないパートに対して使う。「皮一枚」という成句で使われることが多い。 (例)皮一枚上の音。 【きつつきダンス】 ソプラノの間に流行しているダンスの一種。手首を「く」の字に曲げ、指を揃え、き つつきのようにつんつんと動かす。知らない人の前ですると、変な目で見られると いう観察記録がある。 【突っ走る】 accel.したまま最後まで歌いきること。 【とさか】 鶏の頭部にある突起。−が生える 「鳥の歌」の郭公の鳴き声が変化し、鶏の声の様相に なること。 【臨機応変】 場の状況に応じて演奏の微妙なかげんをすること。いきあたりばったりとも。 |
和太鼓納入の記念に、製造元から演奏に来てくださった。女性二人、国際的にも著名な和太鼓演 奏家で、こちらの地域の和太鼓サークルの指導もされている。羽織っていた上着を脱いで演奏スタ イルになると、「学生時代に鍛えたがゆえに未だに力瘤が消えない上に脂肪が付着して見るも哀れ なボンレスハムとなったかつてか細き」二の腕とは、筋肉の付き具合がそりゃもう違うのである。ひと たびばちを振り下ろさば風起こり雷(いかずち)を呼び、髪振り乱し舞ふ姿、血沸き肉躍るなり・・・とい うところか。 後で感想に「心がふるえました。」と書いた子がいたが、至言である。 しまった!見とれててサインもらうの忘れた! |
来た来た来たよ。元気太鼓が来ましたよ。子どもたちにも和太鼓をという町の方針で、和太鼓が来 た。大小合わせて13基!これだけの数を納品するところは少ないですよと、製造元も驚いておられ たらしい。 楽しみにしていたのは子どもたちばかりでない。私も、早速たたかせてもらった。役得である。小振 りだがまさしく和太鼓。胴に「元気太鼓」の文字と校章が黒々と入っている。職員数名は、子どもたち が帰った後もたたき続けた。汗はびっしょり。膝と脚はスクワットになるため、ばちを握る腕とともに 筋肉痛。(またかいな) 「ストレス、バイバ〜イ!」 とアメリカ人の職員が叫んだ。(なんか溜まってたんやろか・・・) かくして、力一杯たたき終わった我々は、翌日にビーチバレー大会があることも忘れて、機嫌良く 帰宅の途についたのであった。 ビーチバレー大会の結果はいうまでもあるまい・・・。 |
前回、S先生に、「1曲目はよい、でも、2曲目、ありゃ何ですか!?」と叱られた合唱祭。選曲がどうと か、発声やバランスがどうとかいいわけがいらないくらい、「有無をいわさぬ」演奏をしたかった。宝 塚で歌う曲を、今のメンバーで一度ステージにのせておくことも大事だと考えた。 ジャヌカンの「鳥の歌」。 良いも悪いも、今の力そのままの演奏だったと思う。 おまけに今年は新しいドレス。黒のベロアで、一人一人の体型に合わせて作ってもらった。男声メ ンバーの中には初めて見る者もいて、(着たのは2回目)その美しさにくらくら〜っと(あくまで想像)。 今までのあふみと違うのは、出番前に円陣を組んだこと。「体育会系のノリや。」と思われるかもし れないが、案外、こういうノリが音楽をつくる基礎になるのかもしれない。指揮者を持たない分、自分 自分の力が求められるあふみの音楽作りは、互いが信じ合うことで本当の力を発揮する。手をつな ぎ、呼吸を感じ、目を合わせ、全身で仲間の音楽を感じる。そんな団になりたいと思う。 H先生のレッスンのとき、歌うことは全身の力を要すると改めて認識したのだから、体育会系でも、 いいんじゃないかな。 ね、みんな。 |
今年はサッカーの年や!天皇杯の決勝戦では、惜しくもエスパルスに敗れたセレッソやけど、チュ ニジア戦ではやってくれました!モリシ!しかも長居で!投入直後のゴールは何度見てもうれしい。 ありがとう!モリシ!長居で決めてくれてありがとう! しかーし!私としては、大変ミーハー的発想から、トルコ戦はニシザワ−モリシのコンビネーション で1点、というのが見たかった。 ワールドカップが終わっても、セレッソは応援するぞ。はやくJ1にもどってほしい。 あれ?これじゃ音楽日記とちゃうな〜。ま、え〜か。 |
と、言っても、地震じゃありません。 話は少し、遡ります。あんまりたくさん書くことがありすぎて、追いつきませんが、できるだけ早く頭 の中を整理していきたいと思います。これは、去るも去る3月末にESTさんの練習に伺ったときに体 験した現象です。そのときは、団内でアンコンをされていたのですが、座っていると足下がびりびり・・ 床が共鳴して震えてるんです!「倍音を出す」ということを口にされていたのですが、まさしく、これが そうかって驚きました。 あふみでは、お互いの声をよく聴こうと、日和見のような状態になり、以前から「こぢんまりまとまり すぎ」という指摘をうけてきました。体験したのは、あふみとは全く反対の、「息をたくさん流して全身 に響かせることでコミュニケーションする」という姿勢でした。 少しあいた時間に、Kさんにヴォイストレーニングを受けました。姿勢や、響かせ方、筋肉の使い 方など、丁寧に教えていただき、疑問も解決することができました。Kさんのみぞおちと自分のみぞ おちに手のひらを当てて、おなかの使い方を習いました。ほお骨のあたりから、顔の筋肉がびりびり 震えました。そして、自分でも驚くほど大きなよく響く声が出ていました。 それ以来、歌うときには息をたくさん流すことや、おなかや背中を意識して歌うこと、ほほをあげて歌 うことを心がけました。とても厚かましいお願いにもかかわらず、親身になって見学を受け入れてくだ さったESTのみなさんに、心より感謝しています。 |
「琵琶湖j周航の歌’98」の入力を完了。ふーちゃん編曲で、冒頭にソプラノソロがあるためにしばら く封印していた。バーバラちゃんというメンバーを得て、復活したすぐれものである。タカラヅカのおみ やげに持っていけるかな? 管理人はHPの英語版制作に夢中である。 さて、この間のH先生レッスンを思い返している。3月31日、ESTさんの練習と団内アンコンにおじ ゃましたときに、ヴォイストレーニングを受けたのだが、体の使い方に共通点が多い。どうやら、体の 前面を意識するか、背面を意識するかの違いではないかという私なりの結論に達している。H先生の レッスンを受けている間に、ヴォイトレを受けたときと同じ響き方をしたからだ。頬のあたりがびりびり する、あの響き方である。 もちろん体得するにはまだまだ修行が必要だが。 発声法とは言うものの、よく響く声(ソロではなく、合唱向きの)の出し方はひとりひとり違っていて、 筋力や体型など体の個性に合わせて自分で感じていくしかない、とH先生は話された。それだけに、 自分がどう研究するかが問題なんだ、と思う。 それはそうと、この春から2キロ体重を落としましたよ。これといって運動はしていないんだけど、思 い当たることは、ESTさんの見学の後、歌うときに腰を据えてたくさん息を流すように心がけたことく らいかな。うーむこれは新しいダイエット法としてもいいかも。 |
2002.6.3(月) 朝から筋肉痛。教え子たちに「何で?」と尋ねられ、「何やと思う?ぜーったい当たらんから。」バトミ ントンとかテニスとか野球とか言っていたが全部はずれ。「歌の練習でなったんや。」と言ったら、目を 点にしていた。 昨日は、バーバラちゃんの先生であるH先生に来ていただいて、レッスンを受けたのである。H先生 は、小柄だが、姿勢がすてきでとてもダンディ。ひげをたくわえていらっしゃるのは、今カルメンを歌っ ておられるからだとか。物静かなお話ぶりである。後で、お年をちらっと耳にしてびっくりした。とても若 々しい。 さて、「鳥の歌」を中心に指導をいただいたのだが、これがもう、的確で、わかりやすい。かゆ〜い背 中を「あ〜そこそこ。」って掻いてもらっているみたい。うつむいたままで歌ったり、いす2脚をぶら下げ たり、二人組で背中から相手をぶら下げて呼吸したり、果ては、いすに座って両足をあげたまま歌うと いうきびしーい修行。先生のお話の途中で足をおろしていたら「みんな結構休んでるんだね。」というご 指摘。H先生は何とその間中ずっと同じ姿勢でおられたのである。すごい!! そんなこんなをしているうちに音色がぐっとかわって、一つにまとまっていくのが感じられた。体の中 で音が鳴り、すぐ隣のバーバラちゃんとかろよんの歌声が、私の胸に共鳴している。男声陣からは、 「結構大きく歌っていたのに、女声もしっかり聞こえた。」という声。歌い続けても、のどの違和感が全く ない。 ただ、足、腰、おしり、腕、おなかは筋肉がぱんぱんに張った。 「筋肉で装甲する」という感じかな・・・。 半日のレッスンだったが、あふみにとっては非常に大きな一歩となった。大事なことは、この感覚を、 自分たちで更に磨いていくということだ。 |
2002.3.28(木) 先日来何度CDを聴いただろうか。笑いと涙ととびきり上等の音楽とで、すっかり子どもたちと一緒に 「ロはロボットのロ」にハマっている。「テトのパンは あ」「パ・パ・パ・パ・パン・パン まるで魔法」は 鼻歌となり出てくる。「ココのアリア」は何度聞いても切ない。HPをみたら公演予定がぎっしり!な るほどいいものはみんなよく知ってるんだなあ。と、言いながら、職場にも公演に来てほしいなあなん て思っている。新しい、木の体育館でテトやココたちが歌っているのを想像して勝手にうれしくなって いるんである。 |
2002.3.24(日) 午前11時に出発、奈良県大和高田市のあじさいホールに向かう。渋滞。ファミレスで 1時間以上待たされる。結局到着は3時40分を回っていて、入ったとたんに休憩に・・・。 今日の目的はオペラシアターこんにゃく座の「ロはロボットのロ」。今年、もう一つ所属し ている合唱団で同じ作曲家荻京子さんの「飛行機よ」を演奏する。 結局前半は聞けなかったし、後半だけでもじんとくるいい曲だったので、CDを買った。 子どもたちは、そのCDにロボットのテト(役)にサインをしてもらい、握手をしてもらった。 帰ってきて、お風呂に入りながら下の息子が言った。 「お母さん、テトの手って、人間みたいやったで。柔らかかったで。」 「ふうん。よくできたロボットやねえ。」 「人間がやってるんやと思うんやけど・・・・。」 「ほうか、でも今朝ニュースでロボットやってたからなあ、ほんまもんかもしれんで。」 「ほんまやな、すごいロボットやな。」 かくしてテトは限りなく人間に近いロボットとして彼の脳裏に刻まれたのであった。 |
2002.3.23(土) またサボっちゃいました。この間に、ESTの練習のおじゃまをしに行って、「もっともっ とおなかで息を支えてたっくさん息を流していかないといけないなあ。」と感じた。(EST のみなさんありがとうございました。また性懲りもなくおじゃまします。)愛機リブレット 60が瀕死の状態に陥っていためダイナブックSSに乗り換えた。バーバラちゃんにヴォ イトレしてもらった。 いろいろな出来事があったが、今日、おそらく今年最大の事件が起きた。 今日は練習日だったのだが、練習場所に行くなり、ふーちゃんが言ったのだ。 「タカラヅカ、通ったで!」 何度書類を見ても、「出演団体に決定」という文字が。私たちは抱き合って喜んだ。 結成以来の念願。あのパイプオルガンの下で歌える喜び。「滋賀に根ざしつつ世界に」 という願いをこめた「あふみ」の名前が、ひとつ、前進した。 でも大変なのはこれからだ、というのがみんなの共通した思いである。出るからに は、少しでもよい演奏をしたい。そのために、今まで以上に厳しい練習をしていかなけ ればならない。私たちにできることを、できるだけのことを積み重ね、その日を迎えた いと思う。 |
デビューです。 なにがって、あふみ女声陣の新しい衣装。 今までの衣装は、概ね好評だったものの、着ている者にとっては冬には寒さ耐え難 い物であった。おまけに、学生時代に鍛えたがゆえに未だに力瘤が消えない上に脂 肪が付着して見るも哀れなボンレスハムとなったかつてか細き我が二の腕が露わとな って自己嫌悪感をそそっていたのである。 そもそも一般の通販で手に入れた衣装だけに、3年を経過して、同じデザインのもの が手に入らず、新しいメンバーに対応できなかった。(この間のクリスマスコンサートで は、洋裁を手がける我が母に頼み込んで同じような形状の衣装を作ってもらったのだ が、誰が着ていたか、わかりますか?) 今度の衣装は、黒のベロア。とにかく、冬にはうれしい暖かさ。デザインも上品で、二 の腕も隠れるし、イージーオーダーなものだから丈もきっちり揃っている。とにかくうれし くって、次のお披露目が待ち遠しい。 は?誰ですか、「ネコにも衣装」なんて言ってるのは? |
もうすぐ結婚披露パーティでの演奏があるので、新年あけて二度目の練習。そして 新年会。集まった仲間と愉快に飲んで、笑って、しんみりして、おかげで、今年もまた がんばれそうなんでありますよ。みんなと話していると、やりたい曲が次々と出てくる。 単身赴任の藤ちゃんは、 「正直言って、長浜くんだりにこんな合唱団が活動しているなんて予想もしてなかった。」 と笑う。しらゆきさんは、 「ご縁でこうして出会えて、あせって探しに行かなくても、色々な出会いが次々とやって 来るって感じ。」 と言う。 そうなんだ。こうしているふしぎは、みんな感じていると思う。 私には、それがあふみのメンバーだけじゃないってことも、大きな驚きと不思議なの である。 |
東海地方41年ぶりの大雪で、東名高速、名神高速ともに通行止めが続き、帰省を一 日延ばした。「伊勢物語」に在原業平たちが思いがけない雪に降り込められて、滞在の 良い口実ができたと喜ぶ段があるが、まさしくそんな感じ。 クリスマスコンサートは、天究館、六角館とも沢山のお客さんがみえて、大盛況の内に 終えることができた。歌う前に息切らして椅子運びをするなんて、初体験である。髪々の 黄昏氏が制作費ン千円のライトを自作し、照明的にもいい雰囲気だったと思う。演奏の 方は、天究館の方ができが良かったかもしれない。 今年の私の目標は、上に抜ける声を目指すこと。アンサンブルとして成長していくあふ みでありたい。
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あけましておめでとうございます。 ことしもあふみとあふみ日記をよろしくお願いします。 さて、帰省中をいいことに、天皇杯の決勝戦を見に行った。セレッソVSエスパルス。 前半開始直後、セレッソは猛攻したがその後押されっぱなし、三都主に決められて前 半終了。後半もうまくサイドを使われて、いいところなし。0−2となった時点で義弟も見 ていられなくてテレビを消したと言っていた。メンバーチェンジをした後は動きが良くなっ て、森島がゴール、尹がPKをきめ、延長戦に持ち込んだ。でも延長前半、Vゴールを決 められ優勝はならなかった。 全く絶叫につぐ絶叫で、下の息子は、悔しくて泣いていた。セレッソはJ2に落ちてしま うわけだけれど、これからも応援したいと思えるいい試合だった。 これで終わったら、全然「音楽雑記帳」にならないわけで、応援のリズムがいつもなが らおもしろい。特に、敵ながらエスパルスの応援はラテンのノリで、大好きな後うちなん である。セレッソ側にも、三連符があったりして、サッカーの応援は、ノリのよさが命と 思った元日である。 |